内田輝明の意見

新聞などに掲載された内田輝明の意見です。

国会等移転審議会公聴会での意見発表

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(1999年2月26日、中央合同庁舎第5号館講堂にて発表)

情報発信とネットワーク

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(日本不動産研究所「OWL NEWS」平成10年7月号(非公開)に掲載)

暗黙の信頼を壊したサリン

 20日朝、営団地下鉄の車内でサリンがまかれた事件は、間もなく新社会人として同じ路線を通勤することになる者として、また学生時代の2年間、朝の混雑時に駅で働いた経験を持つ者として、とてもひとごととは思えず、憤りを強く感じている。
 「都会には恐ろしい人間がたくさんいる」と言われたり、人ごみや満員電車の中での都会人の思いやりのなさが話題となることは珍しくない。
 しかしながら、私が2年間、毎朝、駅のホームで通勤通学の方々を見送りながら強く感じたことは、見ず知らずの人々と共に満員電車に毎日揺られることに何とか耐えられるのは、周囲との間に、暗黙かつ無意識の最低限の信頼関係があるからにほかならないということである。
 事件が多くの人命を奪い、この信頼関係を破壊したことの責任は重く、許されることではない。
 確かに、大都会で生活する我々は、「通勤地獄」あるいは「殺人的」とまで表現される朝夕のラッシュに関して、一種の開き直りに似た気持ちを持っている。しかし、いくら殺人的でも、本当に生命の危険を感じるようでは、安心して会社や学校にも行かれない。
 1日も早く事件の解決することを願う。

(平成7年3月23日付朝日新聞「声」に掲載)

学内の「穴場」

 6年前、当時高校3年だった私は高校の先輩を早稲田に訪ね、キャンパスを案内してもらった。父の母校でもあり、角帽や大隈さんをあしらった文房具、卒業生に毎月送られてくる早稲田学報に囲まれて育った私にとって大学といえば早稲田だったが、見て歩くのは初めてだった。
 彼はまず自分の出ている講義に私を連れていった。途方もない広さの大教室での講義を聴いた後、これがマスプロ授業の実態だと彼は言い、私をいささか落胆させた。
 しかし、教室を出た彼は、私を好きなだけコンピュータがいじれるところ、どこよりも安く外国語が勉強できるところ、日本中、いや世界中の新聞が読めるところなどさまざまな「穴場」に案内して、私の落胆を一掃させた。どれも充実している割に空いていて、不思議に感じたのを覚えている(急に混むと困るので、悪いけど誌上では秘密だよ)。
 彼は「早稲田にはいい講義や施設がたくさんあって、学ぶ意欲がある人にはそれなりに応えてくれるけれど、それらの存在すら知らない学生が多い」と言い、大学では何でも自分から積極的に動かなければ、なにも得られないと教えてくれた。
 翌春、晴れて早稲田に入学した私は、彼に教わった「穴場」を手始めに、常に何かを求めてキャンパスの内外を動き回った。自分なりの『穴場』も見つけたし、よき師や友人にも恵まれて充実した学生生活を送ることができた。我を通して人様に迷惑をかけたこともあったが…。
 しかし、いまだに自分では満足していない。入学式の日以来あれだけ毎日のように通った図書館のなかを眺めてみても、まだ開いたこともない本がどれだけ多いことか。何かをやり残したという気持ちがどこかにあるのである。
 そんな訳で私は今でもよく早稲田に来る。充実した図書館には仕事の資料を探しに来ることも多い。
 卒業して1年たった今でも、早稲田には未練が尽きないようである。

(早稲田大学学園誌「新鐘」第54号(平成8年5月発行)に掲載)


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